會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

會田瑞樹、二つの新作世界初演

 明日から箱入りである。《北原白秋のまざあ・ぐうす》《リトアニア民謡"クリスマスの朝、薔薇が咲く"の主題による幻想曲》は2022年秋から2023年夏にかけて、同時期に作曲されたものでもあり、この両作品が10月13日、昨年《祭禮》が京都で初演された同じ日に産声を上げることは意義深く、何よりも携わってくださった全ての皆様に心から感謝申し上げる次第である。

 2022年秋に《祭禮》の初演が終わり、多くの方々からの反響に感謝しつつ、次に自分ができることはなんなのだろうかという漠然とした不安、自分自身の音楽そのものを見失っているような感覚が押し寄せて来た。2022年の暮れは演奏会も頻繁に開催され、押し流されるように2023年の元旦を迎えることになった。その疲れはピークに達し、新年早々数日間伏せることにもなった。ここまで疲れていたとは思いもよらなかった。 回復する中で、2020年からの異様な時代を思い起こしていた。

 時代は3年から4年周期で移り変わるというが、2020年2月、大阪でのリサイタルから世界の状況が一変し、僕自身も様々な状況の変化に対応する日々が続いた。「絶対的なもの」の信頼は脆くも崩れ去り、明日の見えない状況の前で、やはり僕自身、ぶれることなく生き続けることこそ最も大切なのではないかと思うに至った。自分というちっぽけな存在であっても、何かできることはある。そういう前向きな気持ちを忘れないようにしなければと思った。
 だが一方前向きな自分とは裏腹に、世の中の抗えない残酷なエネルギーに対して、自分は為す術もないという絶望感もそこに感じていた。圧倒的な孤独感というものが急激に押し寄せたのもこのころだった。これではいけないと思った。まず自分を鼓舞するように作曲したのが、《世界じゅうの海が》だった。 2020年の春「声を出すな」と声高に議論をしていた恐怖感を未だに僕は忘れることができない。北原白秋のまざあぐうすに収録されたこの詩を何度も読み、聞こえて来たのは様々な叫びだった。今こそ、声を取り戻したいと思った。

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 この初演の時の、子ども達の本気の叫び声は僕自身に大きな啓示をもたらした。押し殺された声を聞くことは音楽家の責務であると痛感したのだった。更に今、戦争という状況下の中で、両国の、国民の血が流れているという悲痛な叫びを音楽家は感じ取らなければならないという思いにつながった。リトアニア、聖クリストファー室内合奏団は2018年に初共演以来、2020年にも杉原千畝生誕を祝う演奏会でも新作で共演するなど、その関係は密に継続して来た。2022年2月以降、彼らは一貫してウクライナへの連帯を表明していた。彼らにとってそれは対岸の火災ではなく、我が事のように感じていることが窺い知れた。リトアニアは建国からまだ30年弱しか経っていない。ソ連崩壊のきっかけとなった独立運動リトアニアから始まっている。今もなお、彼らの中で国という概念は、島国生活の日本では考えられない緊張感すら孕んでいる。 
 そんなリトアニアの民謡は独特の空気感と香りを持つ。採集されたのもソ連時代の末期1980年代ころからである。僕が出会ったのがこの曲だ。

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 邦訳すると《クリスマスの朝、薔薇が咲く》という意味合いになる。歌詞の邦訳をGoogle翻訳によるものだが掲載したい。クリスマスの朝のバラが咲きました、 リールのクリスマス クリスマス、
ペンテコステの朝、巨人たちはこうなった。 リールのクリスマス クリスマス、
歌姫は穴が凍りついた、 リールのクリスマス クリスマス、
少年が鉄格子を越えた、 リールのクリスマス クリスマス、
ラデルが交差し、馬の音が聞こえた、 リールのクリスマス クリスマス、
彼は馬の声を聞きました、乙女のいななき、 リールのクリスマス クリスマス、
九つの角を持つ鹿、 リールのクリスマス クリスマス、
最初の角には火が燃えていました、 リールのクリスマス クリスマス、
2番目の角のタマの雌犬、 リールのクリスマス クリスマス。
 この不思議な歌詞に僕は瞬く間に魅了された。そこには幻惑の中に、確かに息づく人々の物語があり、生と死が混在していた。12月24日は僕の生まれた日でもあるのだが、誕生日というものに僕は不思議な、懐かしさと切なさを覚える。もし7月生まれだったり、9月生まれだったらこんな感情にはならないのかなと思うこともある。いうまでもなく、ある世界的な有名人と誕生日が近く、彼の生と死というのは永遠に語り継がれる物語であり、彼の達観した死生観に僕自身想いを馳せることもある。だからこそ、このリトアニア民謡は僕こそ書かなければならないと思ったのだった。この詩を、殊更に解析するのではなく、音楽で、表現しなければならないと思った。そしてそれは、リトアニアの、指揮者モデスタスが率いる、クリストファーのメンバーに演奏してもらいたいという強い願いが、作曲の原動力となっていった。
 
 「僕は演奏家のために書く」末吉先生がまっすぐに凛とした表情でおっしゃっていた言葉を、今僕自身もそのまま受け継いでいる。リトアニアの仲間たち、まざあぐうすを巡る渕田嗣代さんをはじめとする面々を思い浮かべながら、作曲は日々継続して進行した。新幹線の移動中、思いついた時はすぐに五線紙にメモ。朝起きて突然旋律が聞こえることもある。予期せず浮かび上がる旋律に対応するためにペンと紙だけは欠かさず持ち歩いてきた。一旦の完成後も、改めて日をおいて見直すと問題も多く、バッサリと削除した箇所も少なくはない。こうして季節は歴史に残る猛暑が続く中、自宅、国会図書館、近所のスーパーなど、様々な場所で作曲は佳境を迎えたのだった。

 とりとめもなく書き連ねてしまいましたが、音楽は聞いてくださる皆様のためにあります。ひたすら、響きの中に身を委ねていただけたら、作曲者として冥利に尽きる想いです。会場で、心からお待ちしております。妄言多謝。
 
2023年10月13日(金)15時30分/19時(昼夜二回公演) ティアラこうとう小ホール
會田瑞樹作曲《北原白秋のまざあ・ぐうす》世界初演
出演
渕田嗣代(ソプラノ)
白井麻友(ヴァイオリン)、小川至(ピアノ) 端本宇良(語り)
板谷潔、笹原絵美、佐原詩音(特別出演)
會田瑞樹(打楽器/作曲)
 
2023年10月14日(土)深夜1時(日本時間)/リトアニア・ヴィリニュス市庁舎公会堂
第三回リトアニア聖クリストファー国際作曲コンクール 本選会
會田瑞樹作曲《リトアニア民謡"クリスマスの朝、薔薇が咲く"の主題による幻想曲》世界初演
モデスタス・バルカウスカス指揮 リトアニア・聖クリストファー室内合奏団
以下よりライヴストリーミングによる配信予定。(10月12日更新/技術的観点から配信はなしとなり、後日録音録画をアーカイブ公開いたします!)