會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

諸石幸生先生を偲んで

 昨夜、諸石幸生先生の訃報に接し、無性にベートーヴェンが聴きたくなった。交響曲第7番、第8番、第6番を立て続けに聞いた。諸石先生との思い出には、ベートーヴェンがぴったりと当てはまるような気がしたのだった。
 
 自分にとって10代の頃にあまり良い思い出はない。混迷し、苦悩し、ひたすら行き止まりの壁に頭をぶつけ続けているような状態だった。そんな時に諸石幸生先生と出会った。先生の中音域ほどの独特なハスキーボイスは授業中に眠りを誘うこともあったが、それでも先生は怒ったりしなかった。しかし、非常に肝心なところで厳しい叱責が一年に2,3回ほどあったようにも思う。だから教室は凛とした緊張感に包まれていた。
 
 諸石先生の授業に楽譜は出てこない。その代わりに多くの麗しい言葉と、みずみずしく音楽を「聞く」感性がそこにはあった。たくさんの人が受け継いできたクラシック音楽の魅力を言葉で表現していく。それは演奏家にとっても、楽曲をどうやってお客様に伝えるか、言葉は大切な手段の一つであることを諸石先生は教えてくださった。
 諸石先生は僕が取り組んでいくことになる現代の音楽に対しても深い眼差しで見つめてくださった。新しいものを忌避する音楽評論家も多い中で、諸石先生は次代の作曲家や演奏家の登場についても注目していた。時に議論は白熱し、そのまま近所の蕎麦店で熱く語り合うことも度々あった。その中で諸石先生と交わしたやりとりが、今も僕の中で燃え続けている。

 そして先生との関わりは教室を飛び越え、実際の現場での僕の様々な演奏会、CDを通しての交流が続いた。時にはご自宅にもお邪魔する機会をいただいたことは忘れられない思い出である。

 諸石先生から最後にいただいたメールは、第59回レコードアカデミー賞受賞へのお祝いだった。結びの言葉をここに引用したい。それは、自分に自信を持てず、惨めだった10代からの僕を知っている先生からの、永遠に響く激励の言葉である。

       「頑張ってください。努力は、きっと実ります。」

 諸石幸生先生のご冥福をお祈りいたします。

                        2022年4月15日 會田瑞樹