會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

オーケストラプロジェクトに思う

 年に一度、会員の中から4人の作曲家が集い、自らが主催となり、作品を発表するオーケストラプロジェクトの季節が今年もやって来た。

 オーケストラプロジェクトの初開催は1979年にさかのぼる。第一回目の参加作曲家は西村朗松平頼暁、水野修孝、吉崎清富の各氏。小生は水野修孝先生とその話をしたことがある。作曲家自身が自作の管弦楽作品を発表する場を自らが作る。そんな強い意志を表明する情熱で第一歩を踏み出したのだ。

http://www.orch-proj.net/past.html

 その後も多くの作曲家がそのテーマに賛同し、隔年開催等を挟みながら40年に近い歴史を築き上げて来た。そこには作曲家だけでなく、東京交響楽団の皆様の力強い協力があってこそ、成り立って来た。
 私は2018年に山内雅弘作曲《SPANDA ヴィブラフォンとオーケストラのための》の独奏者として参加した。若輩者の私と熱く音楽の時間を築きあげてくださった東京交響楽団の皆様に、今も感謝の気持ちでいっぱいである。


山内雅弘(Masahiro YAMAUCHI)/SPANDA for Vibraphone and Orchestra


 作品を発表することによって、社会にその存在を表明し、声を上げる。松平頼暁先生はオーケストラプロジェクトで発表した作品《オシレーション》(マリンバ独奏:高橋美智子)によって尾高賞(NHK交響楽団が主催する日本人作曲家の管弦楽作品の中から特に大きな成果を上げた作品に与えられる)を受賞し、その存在を確かなものにした。1989年に開催のオーケストラプロジェクトは独立したCDとして発売もしており、今もその熱狂ぶりを直に感じることができる。

http://www.camerata.co.jp/music/detail.php?serial=32CM-110

 手前味噌で恐縮だが2017年にも私が参加したオーケストラプロジェクトで初演した国枝春恵作品はISCM(国際現代音楽協会)北京大会に入選するなど、この初演の場によって作品が世界への扉を開く可能性をもここに示している。


国枝春恵(Harue Kunieda)《Floral Tributes III for strings, percussion and shakuhachi》(2017)

 

 さて、そのような長い歴史をもつオーケストラプロジェクトに驚くべきニュースが飛び込んできた。4曲のうち、2曲が「主催者の諸般の事情」によって初演が取りやめとなり、2曲のみの演奏会となるという。
 前述の通り、オーケストラプロジェクトは毎年4人の作曲家が代わる代わる集い、演奏会を主催する。何らかの事情があったことを推察する。

 話は変わるが、子どもの頃から私は藤子不二雄先生のまんがが大好きだ。お分かりの方は察してくださると思うが、F先生(藤本弘先生)とA先生(安孫子素雄先生)のお二人が大好きなのである。コンビを解消した後も、その前も、お二人の漫画は機知に富み、胸躍らせてくれる。特に僕が自分の人生と重ね合わせた漫画は安孫子先生の「まんが道」である。

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)

 

  二人にとっての神様手塚治虫先生との邂逅、トキワ荘での青春の日々、そしてまんがを紡ぐこと…なかでももっとも印象に残る場面は多数の締め切りを抱えながら、ふと里心がついた二人は思い立ってふらりと田舎に帰省。そのうちに締め切りに追われている自分を逃避してしまい、全ての締め切りを落とし、全ての仕事を失うという強烈なエピソードが記されている。

 その時の絶望、真っ白になってしまった二人の様子は察するに余り有る。これはしかし、彼らがその後生み出す人気作品「オバケのQ太郎」以前の話である。

 大きな失敗をした二人は無職無収入の状態が続く。そんな中でトキワ荘の仲間がアシスタントとして彼らに役割をもたらしたり、空いた時間の中で再びまんがと向き合うことで、再起していく様は人ごととは思えなかった。

 どんな人間も失敗するし、大きなトラブルに巻き込まれることもある。自業自得、と言ってしまえばそれまでだ。しかしそれでおしまいなんて、あまりにも悲しいし、やるせないじゃないか。再び一歩を踏み出すことで二人は素晴らしい漫画家となった。それはもう一度再起を願った人たちの寛容の心をも私は思うのである。

 オーケストラプロジェクトの話に戻ろう。何らかの事情があったことを推察するが、求められるのは公演を楽しみにしてくださったお客様への誠意ある対応である。お金を払って来てくださるお客様の存在がなければ、音楽家の存在意義は皆無だ。お客様が納得のいく説明をしなければならないと思う。この文章を書いている際、払い戻しの受付が始まったことも知った。どうかお客様の中でご希望の方はご対応をお願いしたい。またこの情報がしっかりと全てのお客様に届くことを願っている。

公演の中止/変更/延期のお知らせ 東京交響楽団 オーケストラ・プロジェクト2019 「管弦楽大革命」 - イープラス

 そして私は、この演奏会を楽しみに伺うつもりである。2曲の新作が産声をあげる。この素晴らしい機会を逃したくない。中でも、鈴木純明先生の作品は今年八月、急逝された原博巳先生が独奏を務めるはずだった作品だ。温厚で柔和だった原先生もきっとその成功を見守ってくださるだろう。代役を務められる大石将紀先生の名演を心から楽しみにしているところである。
 オーケストラプロジェクトは終わらない。2020年、2021年、2022年…たくさんの新作が産声をあげるその瞬間、私は生きている、その無上の喜びを感じるのである。