會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

《国際交流基金アジアセンター主催事業"Notes" ジョグジャカルタ「Invisible」公演によせて》

曲                           

 「7月にまた会おう!」という言葉をふと思い出す。

 誰だってできない約束をしたいわけじゃない。その人との再会を願う希望と共に、旅立つ人たちを見送る。そうやって人は出会いと別離を繰り返す。

 1月を経ての数ヶ月の間に、僕たちは様々な経験をした。

 日本国内でのミーティングを重ね、僕たちのボス・青柳利枝さんはジョグジャカルタにも赴き、インドネシアの仲間が何を考え、どんなことを志向しているかを丹念に取りまとめてくださった。その時期からぽつりぽつりと曲ができはじめる。最初はギギーだったと思う。ヴィブラフォン独奏のための音楽《夢を見たい》は、日本でギギーが浮かべていた表情そのものだ。続いてアリエフもシンバル独奏のための作品を書きおろす。シアター的な要素も含んでいる。

 なにやら僕もふつふつと湧き上がるものがあった。作曲をすることは昔から憧れの行為だ。10代のときには作曲家の真似事もした。今の自分に何が描けるだろうか。まず全員でできる音楽が欲しいと思った。新加入の落合一磨さんも、できれば青柳さんも参加できる音楽がほしいと思った。そうなると五線紙で表現するよりも、暗示的な言葉で組み立てた方が良いだろうと判断し《The river》を書いた。

 ところで、1月以来からやたらにインドネシアの人たちが僕のInstagramをフォローしてくださっていることに気がついた。彼らのInstagramの華やかさは日本人をはるかに上回っている。センスの良い写真や、時には動画も。そんな中、ある女の子のInstagramに目が止まった。ずいぶん踊りが上手で、ノリノリに腰を振っている。流れてくる音楽はリズミカルで楽しげだ。こういう曲も演奏会にあったほうがいいのではないかと思った。そういえば一月、僕たちは京都で毎夜痛飲し、青柳さんも囲んで踊り狂った。そんな思い出が音楽にならないだろうか。ふと、モーツァルトの時代から頻繁に作られていた「ディヴェルティメント(嬉遊曲)」という言葉が浮かぶ。そして、インドネシアの仲間たちが気に入ったあの日本語がやってきた。そうだ、これでいこう。これが日本からの僕たちのグリーティングメッセージだ。

・・・《カンパイ・ディヴェルティメント》!!

 

 

示部                            

 ガルーダ・インドネシアの鮮やかな青い機体がまぶしく光り輝く。今回コーディネーターを務めてくださる佐久間新さんとたまたま隣同士になり、様々な会話を重ねるうちにあっという間にジャカルタスカルノハッタ国際空港へと降り立つ。最新の設備揃う真新しい空港を闊歩し、空港のほとんど端っこまでたどり着いた時、懐かしい声が聞こえた。アリエフ・ウィナンダとの再会!!変わらない姿に僕はほっとしていた。相変わらず気遣いのアリエフで、まだ買い物に不慣れな僕に付き添ってサポートしてくれる。少し搭乗まで時間があったのでアリエフに「ラーマーヤナ」について尋ねてみた。渡航前までに少しは「ラーマーヤナ」のストーリーを理解したかったのだけれど、なかなか分からなかったのだ。アリエフの説明はとてもわかりやすかった。冒険活劇であると同時に、道徳的規範をも示すこの物語。なんだかラーマがアリエフに見えてくる。

 ジョグジャカルタ・アジスチプト国際空港に降り立ち、僕は何か大きな懐に抱かれたような感覚になった。ジャワの神々がここに降り立つことを許してくださったのなら、僕は心からそれに感謝したいと思わずにはいられなかった。1月からの長い道のりを噛み締めていた。

 翌朝、ホテルに備え付けのプールに飛び込む。長旅の汗がさっぱりと流れて気持ちも晴れやか。今回制作を行う佐久間新さんのスタジオに向かうと、ウェリ・ヘンドラモッコがヘルメットを被って待っていた!!現地でのウェリさんは日本にいた時よりもずっとたくましく見えた。

 さっそく楽器の搬入を行い、少しずつリハーサルが営まれていく。まもなく、ガルディカ・ギギーがやってきた!!颯爽とモーターバイクで登場するギギーは眩しく見えた。

 そうして、1月のあの時のように、誰ともなく、ごく自然に公演リハーサルが始まった。

 

開部                               

 ウェリさんの描いた《龍安寺のハーモニー》は京都の記憶が音楽となって美しく紡がれている。ギギーが翻案して五線紙も使っており、演奏上なんの問題もない。全体合奏の作品以外は、小部屋を使ったりしながら自主的に稽古を重ねていく。

 僕の《The river》もまず音出しに入る。混沌とした世界が広がって僕自身も当惑してしまう。やはりいろいろ細部の決定も必要と思った。なにより、少しシマリがない。これしかない、という決定打を考えなければと思った。

 東京でもそうしているけれど、悩んだ時は、外に出る。今回もまた、ボロブドゥールとプランバナン。二つの遺跡に足を運んだ。そこで見た、特にボロブドゥールの原始的でいて、細部まで行き届いた構築美、そして上層部に上がるにつれて物語が進んでいく表現に感嘆した。これを音楽で活かせないだろうか。細密画のような、「ミクロ・ポリフォニー」で、細かい粒が集積していくような音楽にしたいと願った。

 そしてガムラン音楽に欠かせない、女声の表現を、僕たちは渇望していた。

 ウェリさんにお願いして、奥様である、ワヒューさんに練習に来て頂き、よかったら歌っていただけないでしょうかとお願いすることにした。

 いざ、合奏。The river前半部はミクロ・ポリフォニーを思わせるたくさんの音の集積を目指し、後半はスラマット・アブドゥル・シュクールの言葉を歌と朗唱でコラージュすることを目指した。ワヒューさんの歌声が響き渡る。ジャワの神様が好む声なのかもと夢想した。

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 日本からのご挨拶、《カンパイ・ディヴェルティメント》は琴奏者、金子展寛氏の卓越した技術と音楽性への敬意と、幾度となくカンパイをご一緒してくれたノブさんやインドネシアの仲間への親愛を込めて作曲した。リハーサルを重ねるごとに、なんだかウェリさんが、特に気に入ったらしく、いきなりハグされたのにはびっくりであった。

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 そして渡航前の僕の想像通り、インドネシアの音楽はリズミカルなものが多いことをテレビで知った。夜な夜な、ビンタンビールを片手にテレビをつけると始まったその番組は「ビンタン・パントゥーラ」賑やかに女性も男性も大騒ぎ。歌声が響き渡る。僕はいっぺんにこの番組の虜になってしまった。なんでも五時間にわたる生放送で、一般公募のオーディション番組なのだという。それにしたって、みんな踊りまくっている。カンパイ・ディヴェルティメントで使ったリズムがそこかしこに聴こえてくる。インドネシアってアツい。心が躍った。

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再現部                            

 「この写真を何年後かに見たらきっと思い出せるよ。今はこうして会えるけれど、これからはなかなか会えない僕たちだから、良い思い出の形になる。」

 アリエフの言葉がふと思い出される。人生は旅のように出会いと別れをくり返す。それぞれの思いは音楽に、すなわち”NOTES“となることを信じている。たくさんのお客様に、僕たちの音楽は届いただろうか。インドネシアジョグジャカルタでの公演を経て、僕たちは次の旅、10月の紅葉深まる、少し肌寒さを感じる東京へと向かう。

 

 

東京公演詳細情報は以下に掲載!:

notes.jfac.jp