會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

走れ、正直者

 昭和63年生まれの僕としても、平成があと一ヶ月と告げられると去来する思いがある。感傷的なものでなく、駆け抜けた、という印象なのだ。

 このところ遠い昔の記憶から呼び起こされるドラマがあった。木村拓哉主演の「ギフト」だ。この当時にしては随分ハードボイルド系だったらしい。僕は、それこそその年頃の精一杯でそのドラマを受け止めようと頑張って観ていた。なによりありがたかったのは、同じクラスメートにもそうやって精一杯背伸びしてドラマを観て、自分なりに解釈したことを説明する奴がいたことは僕にとっても刺激的だった。背伸びをすることは悪いことじゃない。同時期には草なぎ剛主演の「いいひと」も放映されていた。いわゆるタイアップで、ドラマの中で主演の二人が交錯したシーンの時、二人は双方共に全力で走っていたのだった。「ギフト」はモノを届けることに執着する主人公、かたや「いいひと」はシューズメーカーの社員。二人とも、常に全力疾走だ。当時誰が想像できたか、袂を別つとは、まさにこのこと。

 

 背伸びをして何かを見つめることは、人生の原動力だと思う。分からないのなら、分からなければ、と思った。まだSMAPの二人が出ているドラマはずいぶんわかりやすくて、Pink Floydの良さを知ったのは中学生になってからだった。その頃に石井眞木にもクセナキスにも出会っていたし、高橋アキさんの独奏による刺激的なレコードの重みは日に日に存在感を増していた。ある審査の席上で「分からない奴が悪い。」と八村義夫氏が発したと伺ったことがある。体当たりでぶつかっていくことが最も大事なのではと思う。

 

 今日は珍しく静かだったので美術館に赴くことにした。そういえばと、近くの墓地に足を向けた。昨年のこの時期、その人と日本酒を酌み交わした記憶だけが鮮明に思い起こされる。美術館の、とても示唆に富んだ空間を堪能し桜の下で缶ビールをあけた。近所のスーパーで南仏の安ワインと手軽な素材を買う。今日も魚は充実している。テレビをつけると"笑点"だ。思わず笑いがこみ上げるこの旋律、祖父はいつもこの番組を見ていた。そんな日曜日には少し酢がきいた煮付けの匂いが立ち込めていた。円楽さんがあの馬面と美声で指名し、回答者の歌丸さんの答えに子供心に感心したものだった。チャンネルが変わると"ちびまる子ちゃん"、さくらももこの作品は"コジコジ"が好きだけれど、まる子の自叙伝的な趣が妙に実感がある。"サザエさん"になればカツオやワカメや、波平さんやオフネさんってこんな声だったのかなあと振り返ったりする。ああ、そうか。すでにこの人たちはこの世のものではないのだと知る。

 

 走り抜けた平成の後に来るものを、僕たちはどう受け止めよう。

 真っ白なキャンバスをどんな色に染めるのも、僕たち次第だ。