會田瑞樹の音楽歳時記

打楽器奏者、會田瑞樹の綴る「現代の」音楽のあれこれ。

回顧2019/新作初演49作品/模索から新たな展開へ

 2019年も多くの方々にお世話になりましたことを、心から御礼申し上げます。振り返ってみると、2019年は昨年とは一転して国内に留まっての一年間となりました。年の初頭は自分自身がどうあるべきなのか色々と思い巡らし、悶々とした時間もあったのですが、初演作品49作品は昨年を多く上回るばかりでなく、會田瑞樹作曲作品が激増したことも自分の中で大きな変化であると感じます。

 《おもふひと/とぶらふひと》《情動曲》《音楽絵本「ヨビボエンのなつ」》《會曾のテーマ》《紫の煙 〜ピアフを讃えて〜》《ヴィブラフォンのための即興曲》《音楽絵本組曲「ヨビボエン」》《賽 〜エレキベースヴィブラフォンのために〜》…以上8曲を作曲し、初演できたことは、ヨビボエン作者のきむらめぐみさん、「なつ」のエピソードを綴ってくださった佐原詩音さん、そして素晴らしい演奏で初演してくださった、紙谷弘子さん、神田佳子さん、曽我部清典さん、佐藤洋嗣さんに心から感謝の思いでいっぱいです。いくつかの作品はGolden Hearts Publicationsより出版が決定しており、身の引き締まる思いです。

www.value-press.com

 

 思えば今年は新しい挑戦を模索する年であり、その振り幅の大きさの最たるところは、間宮芳生先生作曲の《カニツンツン》の怪演があげられます。

https://youtu.be/u3hDFdT6yG8

 仕掛け人である亀田正俊さん、絵本作家のほんまちひろさん、クラシック音楽ファシリテーターの飯田ありささんに導かれ、この素晴らしい作品に出会えたことを心から嬉しく思っております。間宮先生からも「また演奏してね!!」と笑顔でおっしゃっていただけたので、作曲者公認と解釈し、この作品を世界中で演奏できればと思っております。

 声を使うという点では、指揮者斎藤一郎さんの力強いご指名を賜り、京都フィルハーモニー室内合奏団、俳優の野村たかしさん、歌手の日紫喜恵美さんと共にビゼー作曲《アルルの女原典版を上演できたことは、小生にとっても深い学びの時となりました。

 

 そんな様々な経験が、演奏にも多くの場面で活かすことになったと感じています。今年は初演ばかりでなく、数十年ぶりの復活再演も多数経験しました。 

 高橋美智子先生が委嘱された水野修孝作曲《マリンバ協奏曲》を小出英樹指揮・弥生室内管弦楽団・會田瑞樹(マリンバ斎藤綾乃、古川玄一郎、千田岩城、小林孝彦、鈴木孝順(打楽器)という豪華な布陣で37年ぶりの復活再演。

https://youtu.be/-UHfrwlgQlA

 池内友次郎作曲《戀の重荷》は初演以来の復活蘇演。西耕一氏の思慮深いプロデュースによる室内合唱団日唱特別演奏会「池内友次郎とその門下」で指揮:山﨑滋、一般社団法人日本合唱協会、ティンパニ:會田瑞樹で演奏。

 高橋悠治作曲《般若波羅蜜多(プラジュニャー・パーラミター)》(1968)はなんと日本初演。指揮:杉山洋一波多野睦美(Voice)、有馬純寿(Electronics)、泉真由(Piccolo)、原浩介(Cb.cl)、松山萌(Tp)、村田厚生(Tb)、會田瑞樹(Perc.)、神田佳子(Perc.)山宮るり子(Harp)伊藤亜美(Vn)、山澤慧(Vc)《般若波羅蜜多》録音での演奏:植竹佑太(tp)各氏が揃い、四群のオーケストラの録音音源を製作するところから始まった力強い時間でした。

 

 今年生誕90年を迎えられる松村禎三先生の偉大な業績を讃えて門下生を中心に結成されたアプサラスと會田瑞樹による協働演奏会「VibAPSARAS」では中田恒夫、塚本一実、小林聡、若林千春、名倉明子、正門憲也、菊池幸夫各氏の新作、阿部亮太郎、松村禎三各氏のヴィブラフォンのための作品を上演致しました。

 今年初顔合わせとなった、横田直行氏、小内將人氏のみずみずしい新作、小山和彦先生には仙台でも大変お世話になりました。會田瑞樹の演奏会ではおなじみの国枝春恵先生、清水一徹氏、木下正道氏の独特な世界観に満ちた作品にも出会えたことを心から嬉しく感じております。川島素晴先生には小生の演奏人生で初めて譜めくりを担当いただき、情熱的な《會曾リズム》初演となりました。

 畏友である白藤淳一氏にはオリジナル作品ばかりでなく、ルパン三世をはじめとする多数の新作を提供いただきました。佐原詩音氏とは個展への出演も含め、多数の新作をご依頼することができました。毎年お世話になっている薮田翔一氏や久しぶりの顔合わせとなった旭井翔一氏も含め、同じ世代が協働することでさらに文化を発展させていきたいという強い気持ちです。さらには三関健斗さんや梅本佑利さんといった新世代の躍進にも大きな刺激を受けています。

 

 そんな中で、サックス奏者の原博巳先生との突然のお別れには、言葉が見つかりませんでした。5月に佐原詩音氏の作品個展でご一緒することになり、中学時代から憧れの奏者だった原先生と同じ舞台を立てたことが忘れられません。先生のような心優しく、そして素晴らしい音楽家を目指して、精進していく覚悟です。

 

 2020年は會田瑞樹のデビュー10年目の年となります。すでに発表の通り、2020年4月21日には東京オペラシティ:B→Cシリーズへの出演、2020年4月18日にはB→C史上初となる仙台公演も控えております。今後とも多くの皆様のご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

 寒さが深まってまいりました。多くの皆様にとって2020年も素晴らしいとなりますように。2020年も會田瑞樹をよろしくお願いいたします!!

 

2019年

水野修孝

マリンバ協奏曲》(1980年、37年ぶりの復活再演)

高橋美智子委嘱/小出英樹指揮・弥生室内管弦楽団・會田瑞樹(マリンバ斎藤綾乃、古川玄一郎、千田岩城、小林孝彦、鈴木孝順(打楽器)

 

中田恒夫

《Reverberations》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

塚本一実

《CENOTE for solo vibraphone》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

小林聡

《Cancion for vibraphone》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

林千春

《飛び出し小僧Ⅵーある来訪者への接待ー》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

名倉明子

《夢虫》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

正門憲也

《遊戯第27番 Scherzo》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

菊池幸夫

《燎火》

アプサラス第七回演奏会 會田瑞樹×APSARASにおいて初演

 

佐原詩音

《algorithm for Koto Perc.and Pf.》佐原詩音作曲個展vol.2-人間論-において初演

ピアノ/正住真智子,箏/山水美樹,打楽器/會田瑞樹

 

佐原詩音

《HumAnoiD for Septet》佐原詩音作曲個展vol.2-人間論-において初演

サクソフォン/原博巳,ピアノ/正住真智子,チェロ/内田麒麟,箏/山水美樹,打楽器/會田瑞樹,バリトン/松平敬,チューバ/橋本晋哉

 

會田瑞樹

《おもふひと/とぶらふひと》AITA IN THE DARK vol.2において初演/打楽器独奏:會田瑞樹

 

會田瑞樹

《情動曲》長野県安曇野市豊科近代美術館「千田泰広展」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹、トランペット:曽我部清典

 

久石譲作曲/白藤淳一編曲

《マルコとジーナのテーマ》長野県安曇野市豊科近代美術館「千田泰広展」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹、トランペット:曽我部清典

 

大野雄二作曲/白藤淳一編曲

ルパン三世テーマ》長野県松本市アクアビーテにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹、トランペット:曽我部清典

 

大野雄二作曲/白藤淳一編曲

ルパン三世 愛のテーマ》長野県松本市アクアビーテにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹、トランペット:曽我部清典

 

ビゼー作曲/白藤淳一編曲

アルルの女よりNo.16(1872/2019)美しきパースの娘から「セレナード」(1867/2019)》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE270「打楽器百花繚乱Ⅵ 〜ここからはじまる未来〜」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

白藤淳一

《宮廷の食卓の為の音楽》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE270「打楽器百花繚乱Ⅵ 〜ここからはじまる未来〜」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

木下正道

《すぐ傍らのものⅢ》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE270「打楽器百花繚乱Ⅵ 〜ここからはじまる未来〜」において初演

打楽器:會田瑞樹

 

梅本佑利

《Landscape Erode into A for Vibraphone》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE270「打楽器百花繚乱Ⅵ 〜ここからはじまる未来〜」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

三関健斗

《星が砕けた夜空を見つめて》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE270「打楽器百花繚乱Ⅵ 〜ここからはじまる未来〜」において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

會田瑞樹・佐原詩音・木村恵美

音楽絵本《ヨビボエンのなつ》ブックハウスカフェいちご音楽会において初演

打楽器:會田瑞樹 語り:佐原詩音

 

會田瑞樹

《會曾のテーマ》會曾納涼LIVE!において初演

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

會田瑞樹

《紫の煙 〜ピアフを讃えて〜》會曾納涼LIVE!において初演

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

大中恩(佐原詩音編曲)

《いぬのおまわりさん》第59回練馬ワンコインコンサートにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹 マリンバ:小林孝彦、鈴木孝順

 

佐原詩音編曲

《うさぎとかめ》第59回練馬ワンコインコンサートにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹 マリンバ:小林孝彦、鈴木孝順

 

鈴木孝順

《きらきらぼしへんそうきょく》第59回練馬ワンコインコンサートにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹 マリンバ:小林孝彦、鈴木孝順

 

大野雄二(白藤淳一編曲)

ルパン三世のテーマ'89》第59回練馬ワンコインコンサートにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹 マリンバ:小林孝彦、鈴木孝順

 

メンケン(白藤淳一編曲)

《A whole new world》第59回練馬ワンコインコンサートにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

會田瑞樹

ヴィブラフォンのための即興曲 〜変態薮田の変容!〜》2019.8.17薮田翔一氏36回目の誕生日を祝って作曲、自宅スタジオにて録音初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

横田直行

《アンプロムプティュ 第1番 「思惟の像を拝して」作品12-1 》作曲賞&朗読芸術賞受賞記念コンサートにおいて初演

バス:児玉興隆 薩摩琵琶:川嶋信子 打楽器:木魚、鳴子、複鈴、きん:會田瑞樹

 

小内將人

雪渡り宮沢賢治/作》語りと音楽の会 ともだちや第35回定期公演において初演

語り:たにかずこ ピアノ:井上郷子 ガラス打楽器:會田瑞樹

 

小山和彦

《杜のプリズム》宮城学院女子大学音楽科第2回特別教育計画打楽器奏者會田瑞樹によるミニコンサート&ワークショップ

―音楽最前線!作曲家と紡ぐヴィブラフォン音楽の世界―において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

池内友次郎

《戀の重荷》(1974/初演以来の復活蘇演) 西耕一プロデュース:室内合唱団 日唱 特別演奏会「池内友次郎とその門下」

指揮:山﨑滋 一般社団法人日本合唱協会 ティンパニ:會田瑞樹

 

高橋悠治

般若波羅蜜多(プラジュニャー・パーラミター)》(1968)高橋悠治作品演奏会IIにおいて日本初演

指揮:杉山洋一/波多野睦美(Voice)、有馬純寿(Electronics)、泉真由(Piccolo)、原浩介(Cb.cl)、松山萌(Tp)、村田厚生(Tb)、會田瑞樹(Perc.)、神田佳子(Perc.)山宮るり子(Harp)伊藤亜美(Vn)、山澤慧(Vc)《般若波羅蜜多》録音での演奏:植竹佑太(tp)

 

清水一徹

《カメラ・オブスクラII-2群の鍵盤のための合奏協奏曲》會田瑞樹委嘱/會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル2019 ー見果てぬ夢ーにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

佐原詩音

《どんぐりと秋の夢》會田瑞樹委嘱/會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル2019 ー見果てぬ夢ーにおいて初演

ヴィブラフォン、打楽器:會田瑞樹

 

国枝春恵

《五足の靴》會田瑞樹委嘱/會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル2019 ー見果てぬ夢ーにおいて初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

會田瑞樹

《音楽絵本組曲「ヨビボエン」》第10回JFC作曲賞コンクール本選会"声のいま"において初演。第10回JFC作曲賞入選作品。

Nar(女声):紙谷弘子 Perc:神田佳子

 

會田瑞樹

《賽 〜エレキベースヴィブラフォンのために〜》佐藤洋コントラバス+會田瑞樹ヴィブラフォンduolive2019において初演。

Eb:佐藤洋嗣Vib:會田瑞樹

 

白藤淳一

《覆面の舞踏者》委嘱新作/佐藤洋コントラバス+會田瑞樹ヴィブラフォンduolive2019において初演。

Cb:佐藤洋嗣Vib:會田瑞樹

 

佐原詩音

《Fe》委嘱新作/佐藤洋コントラバス+會田瑞樹ヴィブラフォンduolive2019において初演。

Cb:佐藤洋嗣Vib:會田瑞樹

 

薮田翔一

《祈りの光》委嘱新作/佐藤洋コントラバス+會田瑞樹ヴィブラフォンduolive2019において初演。

Cb:佐藤洋嗣Vib:會田瑞樹

 

水野修孝

コントラバスヴィブラフォンのための二重協奏曲》(エレキベースバージョン)委嘱新作/佐藤洋コントラバス+會田瑞樹ヴィブラフォンduolive2019において初演。

Eb:佐藤洋嗣Vib:會田瑞樹

 

會田瑞樹

《情動曲》(改訂版)會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

旭井翔一

《金属アレルギー》(改訂版)委嘱新作/會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

白藤淳一

《二重独奏オウム返し第二番「名旋律おパクリ編」》委嘱新作/會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

川島素晴

《會曾リズム》委嘱新作/會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹 譜めくり川島素晴

 

阿部亮太郎

《メタふりかえり術》委嘱新作/會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

 

佐原詩音

《縹渺–HyoByo-》委嘱新作/會曾live!Vol.5において初演。

トランペット:曽我部清典 ヴィブラフォン:會田瑞樹

オーケストラプロジェクトに思う

 年に一度、会員の中から4人の作曲家が集い、自らが主催となり、作品を発表するオーケストラプロジェクトの季節が今年もやって来た。

 オーケストラプロジェクトの初開催は1979年にさかのぼる。第一回目の参加作曲家は西村朗松平頼暁、水野修孝、吉崎清富の各氏。小生は水野修孝先生とその話をしたことがある。作曲家自身が自作の管弦楽作品を発表する場を自らが作る。そんな強い意志を表明する情熱で第一歩を踏み出したのだ。

http://www.orch-proj.net/past.html

 その後も多くの作曲家がそのテーマに賛同し、隔年開催等を挟みながら40年に近い歴史を築き上げて来た。そこには作曲家だけでなく、東京交響楽団の皆様の力強い協力があってこそ、成り立って来た。
 私は2018年に山内雅弘作曲《SPANDA ヴィブラフォンとオーケストラのための》の独奏者として参加した。若輩者の私と熱く音楽の時間を築きあげてくださった東京交響楽団の皆様に、今も感謝の気持ちでいっぱいである。


山内雅弘(Masahiro YAMAUCHI)/SPANDA for Vibraphone and Orchestra


 作品を発表することによって、社会にその存在を表明し、声を上げる。松平頼暁先生はオーケストラプロジェクトで発表した作品《オシレーション》(マリンバ独奏:高橋美智子)によって尾高賞(NHK交響楽団が主催する日本人作曲家の管弦楽作品の中から特に大きな成果を上げた作品に与えられる)を受賞し、その存在を確かなものにした。1989年に開催のオーケストラプロジェクトは独立したCDとして発売もしており、今もその熱狂ぶりを直に感じることができる。

http://www.camerata.co.jp/music/detail.php?serial=32CM-110

 手前味噌で恐縮だが2017年にも私が参加したオーケストラプロジェクトで初演した国枝春恵作品はISCM(国際現代音楽協会)北京大会に入選するなど、この初演の場によって作品が世界への扉を開く可能性をもここに示している。


国枝春恵(Harue Kunieda)《Floral Tributes III for strings, percussion and shakuhachi》(2017)

 

 さて、そのような長い歴史をもつオーケストラプロジェクトに驚くべきニュースが飛び込んできた。4曲のうち、2曲が「主催者の諸般の事情」によって初演が取りやめとなり、2曲のみの演奏会となるという。
 前述の通り、オーケストラプロジェクトは毎年4人の作曲家が代わる代わる集い、演奏会を主催する。何らかの事情があったことを推察する。

 話は変わるが、子どもの頃から私は藤子不二雄先生のまんがが大好きだ。お分かりの方は察してくださると思うが、F先生(藤本弘先生)とA先生(安孫子素雄先生)のお二人が大好きなのである。コンビを解消した後も、その前も、お二人の漫画は機知に富み、胸躍らせてくれる。特に僕が自分の人生と重ね合わせた漫画は安孫子先生の「まんが道」である。

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)

 

  二人にとっての神様手塚治虫先生との邂逅、トキワ荘での青春の日々、そしてまんがを紡ぐこと…なかでももっとも印象に残る場面は多数の締め切りを抱えながら、ふと里心がついた二人は思い立ってふらりと田舎に帰省。そのうちに締め切りに追われている自分を逃避してしまい、全ての締め切りを落とし、全ての仕事を失うという強烈なエピソードが記されている。

 その時の絶望、真っ白になってしまった二人の様子は察するに余り有る。これはしかし、彼らがその後生み出す人気作品「オバケのQ太郎」以前の話である。

 大きな失敗をした二人は無職無収入の状態が続く。そんな中でトキワ荘の仲間がアシスタントとして彼らに役割をもたらしたり、空いた時間の中で再びまんがと向き合うことで、再起していく様は人ごととは思えなかった。

 どんな人間も失敗するし、大きなトラブルに巻き込まれることもある。自業自得、と言ってしまえばそれまでだ。しかしそれでおしまいなんて、あまりにも悲しいし、やるせないじゃないか。再び一歩を踏み出すことで二人は素晴らしい漫画家となった。それはもう一度再起を願った人たちの寛容の心をも私は思うのである。

 オーケストラプロジェクトの話に戻ろう。何らかの事情があったことを推察するが、求められるのは公演を楽しみにしてくださったお客様への誠意ある対応である。お金を払って来てくださるお客様の存在がなければ、音楽家の存在意義は皆無だ。お客様が納得のいく説明をしなければならないと思う。この文章を書いている際、払い戻しの受付が始まったことも知った。どうかお客様の中でご希望の方はご対応をお願いしたい。またこの情報がしっかりと全てのお客様に届くことを願っている。

公演の中止/変更/延期のお知らせ 東京交響楽団 オーケストラ・プロジェクト2019 「管弦楽大革命」 - イープラス

 そして私は、この演奏会を楽しみに伺うつもりである。2曲の新作が産声をあげる。この素晴らしい機会を逃したくない。中でも、鈴木純明先生の作品は今年八月、急逝された原博巳先生が独奏を務めるはずだった作品だ。温厚で柔和だった原先生もきっとその成功を見守ってくださるだろう。代役を務められる大石将紀先生の名演を心から楽しみにしているところである。
 オーケストラプロジェクトは終わらない。2020年、2021年、2022年…たくさんの新作が産声をあげるその瞬間、私は生きている、その無上の喜びを感じるのである。

作って曲げて

演奏家が作曲をするなど、論外。」  

 切り捨てるように言い放たれただけに、その壁は厚かった。 しかし、僕の過去を振り返れば奏者としてよりも作曲で世に出たのが最初だったのかもしれなかった。

 
 中学三年、吹奏楽部を引退し受験勉強に精を出す時期に後輩から年の暮れの打楽器アンサンブルでコンクールに出たいけれど曲がないと相談を受けた。当時打楽器のための曲はリズム練習の教則本の延長にあるもの、もしくは制限時間4分に見合わない本格的な作品に溢れていた。半ば冗談に「じゃあ、僕が書いてみようか笑」と言ったと思う。
 受験から現実逃避をしたかったし、なにより音楽をしたかった。塾の授業中、後方の席を陣取って譜面を書いた。ある時教師にそれが見つかったが、その反応は意外なものだった。「お前、こんなこともするのか。」その曲は《星の流れは大地を目指す》と銘打ち、後輩たちや顧問に見せた。失笑のうちに葬り去られることを想像したがまたしてもその反応は意外なもので、12月の大会で初演が決まった。こうなるとリハーサルの立会いが必要だ。2回ほどリハーサルに立ち会って、数小節をカット、そのほかは自分の想像通りの音楽でありその演奏に感謝の思いが尽きなかった。  
 当時の仙台は今よりもずっと寒く、しかも市内から少し離れた会場での大会に電車を乗り継ぎこっそりと顔を出す。打楽器アンサンブルの部門は恐ろしく早朝で、開始と同時に自作の順番となった。塾の机で書いた音符たちが空間に解き放たれる。曲が終わったあと、ただただ ”笑い” が止まらなかった。演奏の良さがあって銀賞を得て後輩たちは喜んでいたが、僕にとって音楽とはなんなのか自分自身がどうありたいのかをあらためて考える契機となった。その上、結果に味をしめた顧問が高校に進学した僕にその後も二曲作曲するように要請があり、そこで作曲したものは笑いを超えて鬱屈したものとなった。高一時代は《失われた記憶を求めて》高二時代は《涙の回廊》…いささか幼稚症的なこのタイトルはその当時の自分の気持ちを表すには十分だった。どちらの初演にも立ち会ったが、とりわけ《涙の回廊》の初演は印象深い。演奏者への強い敬意とともに、「ああ、僕には才能はない。」とはっきり確信したことを今でも覚えている。その日から、自作を公にすることを取りやめてしまった。    

 同時期に僕は安倍圭子先生の熱狂的なマリンバプレイに強い衝撃を受けた。さらにいくつかの安倍先生の自作曲を自分自身もソロコンテストで演奏して演奏家として励んでいこうと決意を新たにしていた。思えば、大学入試の曲、Siegfried Finkのスネアドラム組曲もまた、Fink自身が打楽器奏者であり、その他の課題もその全てが打楽器奏者の作曲によるものだった。  
 

 驚くべき自己矛盾!しかし、これこそ打楽器音楽のはらむ最悪な問題点だ。  

 

 大学に進学し、僕はそれら奏者の曲をもっと演奏できたらと思うウブな学生だった。その言葉に強く反論してくれたのは、ほかならぬヴァイオリンやピアノの同級生たちだった。しかも、彼女たちは、ベートーヴェンプロコフィエフショパンラヴェル…その圧倒的な作品の力を僕に見せつけたのだった。正直に、恥ずかしくなった。僕は何をしているんだ。まやかしにだまされているのではないか。こんなことではヴァイオリンやピアノが持つ、長い伝統や歴史に追いつくことすらできないのではないか… 絶望的な気持ちの中で、学校図書館にある打楽器が関わる様々な作品を聞き漁った。中には作曲家が書いているとありながら、より絶望的な時間を過ごす音源も少なくはなかった。しかし、とにかく、聞いた。そして、ある昼下がりに、《星辰譜》と銘打たれた、八村義夫作曲、という作品に出会った…  

 そして僕は八村氏を通してその周辺の、末吉保雄先生をはじめとする多くの日本の作品群に出会うのだけれど、同時並行にもいくつかのおそるべき作品に出会い続けた。
 サントリーサマーフェスティバル2011でのシュニトケ《グラス・ハーモニカ》日本初演。前衛とされる思考、新古典主義的技法が遭遇する。それは石井眞木の日本太鼓とオーケストラのための《モノ・プリズム》に見られる両者が共存・対立するさまとよく似ていた。しかし、シュニトケのそれはさらに徹底していた。アニメーションとの融合がさらに強い意味合いをもたらすのだ。  
 ショパン《バラード4番》彼は自らも演奏家。しかしこれほどまでにピアノを極限まで発揮する音楽は今後も生まれないのではないかと思う。  
 ベートーヴェンピアノソナタ第30番》《ピアノソナタ第31番》円熟期にこの音を紡ぐベートーヴェンの芯の強さ。そして堅牢なフーガや変奏に涙を禁じ得なかった。  
 アンドリュー・ロイドウェバー《ジーザスクライスト・スーパースター》《エヴィータロックオペラというスタイル自体が西洋音楽の長い歴史に対しての強いアンチであり、その技法がクラシック的な美観と、ロックの対比、あるいは音列技法との対比だったりする。  

 “作曲をするなど、論外。” その牢獄の鍵を最後に木っ端微塵にしたのは、2018年1月国際交流基金の事業で知り合ったインドネシアの音楽家Welly,Arief,Gigihとの出会いだった。Wellyはインドネシアの伝統的ガムラン奏者であり、伝統を超える新しいガムラン音楽を紡ごうと努めている。Ariefはドラマトゥルグを手がける打楽器奏者、Gigihは坂本龍一の影響をモロに受けた作曲家・ピアニストであった。僕はこのいろいろと”強烈”な三人とたくさんの酒を酌み交わす中で、石井眞木の提唱した「遭遇」とはこういうことなのかもしれないと痛感した。それは湧き上がる表現なのだ。限りある人生の中で、表現することをやめてはいけないのだ。さらにその時のコーディネーターであった野村誠さんのマスタークラスでインドネシアの作曲家Slamet Abdul Sjukur (スラマット・アブドゥル・シュクール、1935〜2015)の言葉を得たことが強い啓示となった。”MiniMax”…最小限の中で最大限の表現を展開する。これは八村義夫末吉保雄が提唱していたミクロとマクロの交錯に他ならないのではないかと。  
 2018年3月、そんな話を末吉先生とお酒を飲みながら語り合った。「そのうち、あなただって、書き始めますよ。」一年以上経った今、その言葉だけが今もここに遺っている。  

 2018年7月にはインドネシアでの公演が迫っていた。文化も、考えた方も超えた編成の中で音楽を一緒にやるにはどうすれば良いのだろう。その時、五線紙はいつものように真っ白なキャンバスであり、その深い懐に向き合っていった。
 《Kampai-Divertimento》…それは僕にとってもう一度、自分を奮い立たせる乾杯の号砲だった。そしてこれから、また想像もしない旅路が待っている。あの時も、今も変わらないことは、音楽という果てしない道に、永遠に向き合う、その覚悟のみである。


www.jfcomposers.net

走れ、正直者

 昭和63年生まれの僕としても、平成があと一ヶ月と告げられると去来する思いがある。感傷的なものでなく、駆け抜けた、という印象なのだ。

 このところ遠い昔の記憶から呼び起こされるドラマがあった。木村拓哉主演の「ギフト」だ。この当時にしては随分ハードボイルド系だったらしい。僕は、それこそその年頃の精一杯でそのドラマを受け止めようと頑張って観ていた。なによりありがたかったのは、同じクラスメートにもそうやって精一杯背伸びしてドラマを観て、自分なりに解釈したことを説明する奴がいたことは僕にとっても刺激的だった。背伸びをすることは悪いことじゃない。同時期には草なぎ剛主演の「いいひと」も放映されていた。いわゆるタイアップで、ドラマの中で主演の二人が交錯したシーンの時、二人は双方共に全力で走っていたのだった。「ギフト」はモノを届けることに執着する主人公、かたや「いいひと」はシューズメーカーの社員。二人とも、常に全力疾走だ。当時誰が想像できたか、袂を別つとは、まさにこのこと。

 

 背伸びをして何かを見つめることは、人生の原動力だと思う。分からないのなら、分からなければ、と思った。まだSMAPの二人が出ているドラマはずいぶんわかりやすくて、Pink Floydの良さを知ったのは中学生になってからだった。その頃に石井眞木にもクセナキスにも出会っていたし、高橋アキさんの独奏による刺激的なレコードの重みは日に日に存在感を増していた。ある審査の席上で「分からない奴が悪い。」と八村義夫氏が発したと伺ったことがある。体当たりでぶつかっていくことが最も大事なのではと思う。

 

 今日は珍しく静かだったので美術館に赴くことにした。そういえばと、近くの墓地に足を向けた。昨年のこの時期、その人と日本酒を酌み交わした記憶だけが鮮明に思い起こされる。美術館の、とても示唆に富んだ空間を堪能し桜の下で缶ビールをあけた。近所のスーパーで南仏の安ワインと手軽な素材を買う。今日も魚は充実している。テレビをつけると"笑点"だ。思わず笑いがこみ上げるこの旋律、祖父はいつもこの番組を見ていた。そんな日曜日には少し酢がきいた煮付けの匂いが立ち込めていた。円楽さんがあの馬面と美声で指名し、回答者の歌丸さんの答えに子供心に感心したものだった。チャンネルが変わると"ちびまる子ちゃん"、さくらももこの作品は"コジコジ"が好きだけれど、まる子の自叙伝的な趣が妙に実感がある。"サザエさん"になればカツオやワカメや、波平さんやオフネさんってこんな声だったのかなあと振り返ったりする。ああ、そうか。すでにこの人たちはこの世のものではないのだと知る。

 

 走り抜けた平成の後に来るものを、僕たちはどう受け止めよう。

 真っ白なキャンバスをどんな色に染めるのも、僕たち次第だ。

 

松村禎三先生とわたし

 僕は在りし日の松村禎三先生にお会いしたことはない。最近になって松村禎三先生の肉声を聞く機会があったのだが、あまりにも祖父に似ていて(思えば骨格が似ているような気がする)驚いた。松村先生は京都生まれ、祖父は姫路生まれという意味でも両者どこかで一度はすれ違ったことがあったかもしれない。

 

 2007年、僕は大学受験に失敗し、しかも最後に受けようとした学校はインフルエンザ感染のために強制帰還という、踏んだり蹴ったりの状況に陥った。あまりの熱に東京のビジネスホテルから仙台にいる母親に救援を求める情けない状態だった。あの日はやたらに春うららかな天気で、それが悪寒をさらに痛感させたことをよく覚えている。二日間ほど点滴を打ってもらいようやく回復するという、自分史上稀にみるひどい病状だった。
 振り出しに戻って浪人生として勉強をしよう。と、誓いつつも、その時の僕に4月の桜は眩しすぎた。これからいったいどうなるのだろう。そんな不安でいっぱいだった。その時の僕にはメランコリックな旋律を持つ、吉松隆氏の音楽は救いだった。すると隣県の山形で氏の代表作《サイバーバード協奏曲》の上演があると聞く。仙台・山形間はバスで一時間ほどだし、祖父母も山形にいる。少し足を伸ばして聞きに行こうと計画した。

 開演19時、山形県民会館だった。当日は吉松氏も来場されていたと思う。若干父親に似ていると思いながら、トークに耳を傾けていた。《サイバーバード協奏曲》は須川展也氏の鮮やかなプレイが駆け巡った。後半、吉松氏がトークでおもむろに松村禎三先生の話を始めた。当夜、締めの演目が《交響曲第一番》だったのだ。「松村禎三先生は僕の師匠でもあり…」というお話から、「今日もご来場を予定されていたけれど、入院されてしまって残念…久しぶりにお逢いできると思って私も楽しみにしていた…」そのような旨のことをお話しされていたと思う。
 その日、僕は山形から仙台に帰らなければならなかった。最終のバスは21:20ころ。いよいよ松村作品で、時刻は20:40。万が一間に合わなかったらどうしよう。でも交響曲と銘打っているし、楽章間で出ることも可能だろう。そんなことを考えていたと思う。

 

 そして、その考えは冒頭30秒で木っ端微塵に崩れた。

 これはいったい。

 なんて、凄い、音楽なんだろう。

 

 八村義夫氏の著作《ラ・フォリア》の中で松村禎三先生がこんなことを述べたと記している。「ぼくは砂漠に巨大なphallusが立っているような音楽を作りたい。」当時の僕はそのことも知らなかったが、そびえ立つ巨大で圧倒的な存在、八村氏の言葉を借りれば「音響化された精神」がそこにはあった。
 僕は作品の虜になってしまった。サイバーバードは飛び去っていた。

 

 2008年、音楽大学の学生になり念願だった吉原すみれ先生に師事することになった。学生になってはじめての夏休み、すみれ先生が演奏するチラシを見つけた。「アプサラス第一回演奏会」と銘打たれ、そこにはもう今生の人でなかった松村禎三先生の業績を讃える会であることを知った。耳の奥に一年前に聞いたあの響きが蘇ってくる。しかもすみれ先生の演目は《ヴィブラフォーンのために》という独奏曲だ。あの松村先生がヴィブラフォンのための作品を遺されていたなんて、と感激した。
 東京文化会館小ホールは上京したての僕にはいつも巨大に感じられた。どんな響きが待っているのだろう。

 そこで僕は再び、松村禎三、という音響化された精神に出会った。

 自身も短歌を読む松村氏の三橋鷹女という俳人への敬意を感じるだけでなく、日本語の繊細な描写がヴィブラフォンによって表現されていく。僕はヴィブラフォンがこれほどまで表現力を持った楽器であることをその時初めて知った。

 翌日すみれ先生にお願いした。「この作品を、演奏させてください。」

 

 2010年12月、日本現代音楽協会主催の競楽Ⅸ、本選会。
 松村禎三先生の遺したヴィブラフォンの作品を、ヴィブラフォンを多くの人に知ってほしい。ただその一心だった。それが僕にとっての演奏家としての、デビューとなった。あれから約10年の月日が流れようとしている。

 2011年にはサントリーホールでのデビューとなったレインボウ21でこの作品を演奏し、奥様であられる松村久寿美さんにご来場いただいた。演奏会の尺は長いものだったのだけれど、久寿美さんは最後まで聞いてくださったばかりか、ロビーでお目にかかることもでき、「松村の作品を演奏してくださり、ありがとうございます。」と勿体無いお言葉までかけてくださった。久寿美さんと握手した感触は忘れられない。

 

 松村禎三先生にお会いすることは叶わなかった。

 けれども常に先生の作品が傍にあるように思える。音響化されたその精神に触れる時、いつも襟を正す。自分を見失っていないか、自分をもっと高めていかなければ。松村禎三先生の作品に触れるたび、いつも思う。

 

tm-apsaras.jimdofree.com

 

 

2/10第一生命ホール14時開演:水野修孝作曲《マリンバ協奏曲》30年ぶりの再演によせて

 まだ大学生だった頃、音楽評論家・プロデューサーである西耕一さんからある音源をいただいた。

 風鈴が鳴ると、微かにマリンバが聞こえてくる。オーケストラが濃密にクラスターを奏でるとごそごそと断片が集まってくる…打楽器の咆哮!そしてカオスティックに音群は極限まで高められて…

 興奮してその夜は眠れなかった。いつかこの音楽を演奏したい。作曲、水野修孝、マリンバ、高橋美智子による《マリンバ協奏曲(1980)》との出会いだった。

 高橋美智子先生に勇んでその興奮を伝えた、僕も演奏したいです!当時大学生の僕にはなんの可能性もなかったが、夢だけはいつも大きかった。そんな僕に美智子先生はいつも優しく、こう答えてくださった。

 「私の委嘱した協奏曲はすべて武蔵野音大図書館に寄贈しているから、いつでもできるわよ。いつか、演奏してね。」

 ある時、美智子先生と一緒にこの協奏曲の音源を聴いたことがある。

 「このリズムの複雑な絡み合いやジャズの語法は、水野さんだから書くことのできた立派なものよね。」

 美智子先生は初演時の様々な苦労をお話ししてくださった。特に、カデンツァは当時結成していた打楽器アンサンブルのメンバーを加えて、強力な態勢で臨んだことを、熱く語ってくださった。

 

 大規模な協奏曲の初演、再演は本当に難しい。手応えを得た初演が再演に結びつくには、多方面からの努力を必要とする。まして、打楽器のための協奏曲を取り上げるということは、プロオーケストラにとっても、”冒険”かもしれない。それでも、僕は打楽器協奏曲がヴァイオリンやピアノのための協奏曲のように当たり前に演奏される未来が来ることを諦めたくはない。

 ヴァイオリンやピアノが独奏楽器として確立したのは、ほかならぬ協奏曲の存在があったからだと僕は思う。独奏では得ることのできない豊穣な響きがそこにはある。加えて、独奏者とは(語弊を恐れず申し上げるならば)ある種の、異物、でもある。オーケストラという強力なチームの中に、混入、していく。混入から、対峙へ、いつしかそれは対話となり、劇的な展開をみる。そうしていくつもの名演奏と名作が生まれて来た。

 

 1980年に初演された水野修孝作曲のマリンバ協奏曲は、二度目の再演以降、表舞台から姿を消した。その存在すら遠い歴史に押し込められて来た。

 二度目の再演の音源がfontecの「現代日本の作曲家」シリーズの中で水野修孝が取り上げられ、その音源が何十年の沈黙を破って出現した。それはとても喜ばしく、今を生きる僕たちにとって多くの示唆をもたらした。

 

 文化を消費から、昇華へ。

 振り返る暇もなく突き進むだけでなく、文化は未来へ昇華するはずだと、僕は信じたい。

 

 高橋美智子先生と、新作を演奏することについて意見を交換したことがあった。

 「新作は、三度、演奏することが大事よね。一度目は、作曲家の都合もあるから、極端に締め切りギリギリになったりもするから、舞台に上げること、演奏家はそれだけで精一杯だと思う。二度目の演奏で、作品の持つ意味が半分ほど、理解できるかもしれない。三度目の演奏で、その作品が、未来に残るか、残らないか。演奏家も判断できると思うの。」

 

 小出英樹さん率いる、弥生室内管弦楽団から、水野修孝作曲の《マリンバ協奏曲》を上演したいというお話をいただいたとき、この演奏が「三度目」になることに僕は気がついた。

 1980年の初演、再演を経て、作品は一度深い眠りについた。図書館から再び楽譜を呼び起こした時、写譜上の問題点など、様々な書き込みがそこにはあった。水野修孝先生立会いのもと、一つ一つをクリアしながら、今回演奏するのは極めて初稿の形に近い、原典に基づく上演となる。

 小出英樹さん率いる、弥生室内管弦楽団の皆さまには様々な点でお力をお借りしながら、打楽器アンサンブルのメンバーには、僕の”クセ”までも熟知してくださる、古川玄一郎さん、千田岩城さん、斎藤綾乃さん、小林孝彦さん、鈴木孝順さんをお迎えした。極めて高度な変拍子のアンサンブル、そして強度あるパッセージをこの方々と演奏したいと思った。全ての方々に感謝の思いでいっぱいです。

 

 30年の眠りから覚めるこの音楽。

 どうかご来場を心からお待ちしております。

 

 

 2019年2月10日(日)

 14時開演 第一生命ホール

 弥生室内管弦楽団第50回演奏会

 https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1850915

 

 

 

回顧2018:會田瑞樹世界初演作品39曲

 2018年も残すところあとわずかとなりました。今年も多くの方々に大変お世話になり、感謝の思いでいっぱいです。これからも多くのお客様に打楽器音楽、今を生きる音楽の限りない魅力を伝えるべく、尚一層精進してまいります。何卒、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

  2018年も様々な作品との出会いがありました。とりわけ今年は、数年来に渡って作曲家の方々と構想を練り、温めてきた協奏曲の初演は忘れ得ぬものとなりました。山内雅弘作曲《SPANDA》を大井剛史指揮・東京交響楽団とともに世界初演権代敦彦作曲《wol海から》・佐原詩音作曲《The Snow ヴィブラフォンと弦楽オーケストラのための》をリトアニア・ヴィリニュスにおいてModestas Barkauskas指揮、St. Christopher Chamber Orchestraとともに世界初演、権代作品は先の會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタルにおいても、須田陽指揮・甲斐史子氏をコンサートマスターに特別編成弦楽オーケストラにおいて日本初演も行うことができました。これらの作品をさらに、再演を重ねたいという強い思いがあります。2017年に初演した薮田翔一作曲《Gushは第一楽章をアンサンブルフリーイーストの皆様と再演し、続編の完成が待たれています。国枝春恵作曲《弦楽器・打楽器・尺八のための音楽〜花をIII 〜》を張国勇指揮・中国国家交響楽団とISCM(国際現代音楽協会)世界音楽の日北京大会でのフィナーレコンサートで演奏できたことも、大きな刺激となりました。

 海外での公演は北京・ジョグジャカルタ・パリ・ヴィリニュスと、様々な都市を巡ることができました。世界中の人々との音楽による会話はとても魅惑的であり、日本で生まれた様々な作品を世界中の人々に演奏して回りたいという決意が生まれつつあります。

 加えて、国際交流基金アジアセンター主催事業である「NOTES」への参加で、これまで突入することのなかった領域である”作曲”に関心を抱くこととなりました。全員合奏のためのThe river躍動感を兼ね備えたKampai-Divertimento》《Wellyの3作品を作曲し、実際に音出しをして公演で披露することによって、自分自身の音楽のあり方を改めて見つめ直すことができました。このような機会を与えてくださったことに、感謝しています。さらに即興演奏で1時間を構成した、新倉壮朗氏とのセッションは音空間を二人で作り上げる痛快な時間となりました。

 

 今年は作曲家の個展へも多く参加できたように思えます。清水一徹、木下正道、高橋悠治各氏の個展、たかの舞俐氏プロデュースによる公演は、個々の作曲家の持つ個性が明確に打ち出され、それぞれに強い印象を残しました。
 さらに能舞台を実験的空間として再構築する、清水寛二氏の新たな試み「青山実験工房への参加は大きな閃きをいただくことができました。湯浅譲二作曲《舞働》を舞との共演で、久田典子作曲《原始蓮 ー赤猪子のいた日からー》を佐藤紀雄先生と初演できたことや、12月公演では湯浅譲二作曲《冬の日・芭蕉讃》・八村義夫作曲《ブリージング・フィールド》を高橋アキさん、木ノ脇道元さん、篠崎和子さん、トーマス・ピアシーさんという尊敬する演奏家の方々とご一緒できたことが、何より嬉しく、大きな学びの時となりました。内藤明美作曲《砂の女も四年ぶりの再演となり、作品の魅力を改めて感じ、2012年に初演した際以上の、発見に満ちるものとなりました。
 松平敬氏とのシューベルトシュトックハウゼンを巡る「星と冬の旅」はシューベルトヴィブラフォンで演奏するという強烈な試みで、楽器の可能性をさらに示唆するように感じました。このプロジェクトは長期的に発展することを目指しています。シュトックハウゼン作品との邂逅もどこか人肌のある彼の作品に大いに興味を持ちました。

 

 出会いとともに、別れもありました。末吉保雄先生逝去の報は僕にとって多大な衝撃と悲しみでした。音楽家として様々な学びの時間をくださった末吉先生への感謝は尽きることがありません。遺してくださった素敵な作品の数々を折に触れて演奏を重ねていくことが、僕にできる最大の恩返しだと思っています。

 

 12月25日、24日に30歳を迎えての初舞台となった會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル-旅するヴィブラフォン-は、多くのお客様においでいただけたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

 多くの方々に感謝を込めて、どうぞ来年もよろしくご贔屓のほど、

 何卒、お願い申しあげます!!!

 

 

2018年世界初演した作品(全39曲) 演奏記録

 

薮田翔一

《Aita 〜愛多〜》

會田瑞樹生誕30年を祝って作曲/糀場富美子先生門下作品発表会において初演

 

薮田翔一

《如月〜祈りの森より〜》

會田瑞樹委嘱/AITA in the DARKにおいて初演

 

薮田翔一

《Gush 2 Intermezzo -Concerto for Vibraphone and Orchestra-》

アンサンブル・フリーイースト委嘱/第9回アンサンブルフリー・イースト演奏会(杉並公会堂)において初演/指揮:浅野亮介/ヴィブラフォン独奏:會田瑞樹

 

木下正道

《ただひとつの水、ただひとつの炎、ただひとつの砂漠Ⅱ》

曽我部清典先生と弟子達特別演奏会「今日までそして明日から」において初演

 

清水一徹

《Re;hearse 〜笙と箏、打楽器のための》/清水一徹作品個展演奏会(笙:真鍋尚之 箏:平田紀子 打楽器:會田瑞樹)において初演

 

久田典子

《原始蓮 ー赤猪子のいた日からー》/青山実験工房委嘱作品/青山実験工房第一回公演(ギター:佐藤紀雄/打楽器:會田瑞樹)において初演

 

木下正道

《灰、灰たち.. 灰...V for Guitar & Percussion》「季節をめぐる歌たち」木下正道作曲作品個展(ギター:土橋庸人/打楽器:會田瑞樹)において初演

 

木下正道

《冬のスケッチ(宮沢賢治) for Soprano, Bass Flute, Bass Clarinet & Percussion》「季節をめぐる歌たち」木下正道作曲作品個展

(小坂梓: ソプラノ沼畑香織: フルート/バスフルート 岩瀬龍太: クラリネット/バスクラリネット 會田瑞樹: 打楽器)において初演

 

木下正道

《季節表2 (エドモン·ジャベス) for Soprano, Flute, Clarinet, Guitar & Percussion》「季節をめぐる歌たち」木下正道作曲作品個展

(小坂梓: ソプラノ 沼畑香織: フルート/バスフルート 岩瀬龍太: クラリネット/バスクラリネット 土橋庸人: ギター 會田瑞樹: 打楽器)において初演

 

木下正道

《春はあけぼの(清少納言)for Soprano, Flute, Clarinet, Guitar & Percussion》「季節をめぐる歌たち」木下正道作曲作品個展

(小坂梓: ソプラノ 沼畑香織: フルート 岩瀬龍太: クラリネット 土橋庸人: ギター 會田瑞樹: 打楽器)において初演

 

中川俊郎

《アコースティックエレジーVII》/會曾vol.3において初演/(トランペット:曽我部清典/打楽器:會田瑞樹)

 

桑原ゆう

《2 と32 [In Between b]》/會曾vol.3において初演/(トランペット:曽我部清典/打楽器:會田瑞樹)

 

森田泰之進

《I/SO tope》/會曾vol.3において初演/(トランペット:曽我部清典/打楽器:會田瑞樹)

 

山本準

《セピア色のバラード》/會曾vol.3において初演/(トランペット:曽我部清典/打楽器:會田瑞樹)

 

原島拓也

《極彩ドロップNo.6》/會曾vol.3において初演/(トランペット:曽我部清典/打楽器:會田瑞樹)

 

佐原詩音

《Petorunkamuy》/會田瑞樹札幌ミニライブでの初演を経て改訂、會曾vol.3において初演/(打楽器:會田瑞樹)

 

會田瑞樹

《The river》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」

インドネシアジョグジャカルタ公演"INVISIBLE"において初演/(Voice:sri wahyuningsih,KazumaOchiai,RieAoyagi,Piano:GardikaGigih,Gundel:WellyHendratmoko,Drum:AriefWinanda,Koto:NobuhiroKaneko,Vibraphone:Mizuki Aita)

 

Arief Winanda

《Music for Cymbal China》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」インドネシアジョグジャカルタ公演"INVISIBLE"において初演/(China Cymbal:Mizuki Aita)

 

Gardika Gigih

《夢をみたい– I want to see Dreams –》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」インドネシアジョグジャカルタ公演"INVISIBLE"において初演/(Pianica:Gardika Gigih,Vibrphone:Mizuki Aita)

 

會田瑞樹

《Kampai-Divertiment》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」インドネシアジョグジャカルタ公演"INVISIBLE"において初演/(13koto:Nobuhiro Kaneko,Vibraphone:Mizuki Aita)

 

Welly Hendratmoko

《Harmoni in Ryoanji》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」インドネシアジョグジャカルタ公演"INVISIBLE"において初演/(Voice:sri wahyuningsih,Piano:Gardika Gigih,Gundel: Welly Hendratmoko,Arief Winanda,Koto:Nobuhiro Kaneko,Vibraphone:Mizuki Aita)

 

山内雅弘

《SPANDA -ヴィブラフォンとオーケストラのための-》/オーケストラプロジェクト2018において初演/(指揮:大井剛史/ヴィブラフォン独奏:會田瑞樹/管弦楽:東京交響楽団)

 

黒田崇宏

《poco rit…for Vibraphone solo》/MIZUKI AITA Récital de Vibraphone in Parisにおいて初演

 

Marin Escande

《Villes à travers forêts, fôrets à travers villes》會田瑞樹委嘱/MIZUKI AITA Récital de Vibraphone in Parisにおいて初演

 

青柿将大

《Reverse graffiti for Vibraphone solo》會田瑞樹委嘱/MIZUKI AITA Récital de Vibraphone in Parisにおいて初演

 

佐原詩音

《玉蟲の翅、その結び》會田瑞樹委嘱/MIZUKI AITA Récital de Vibraphone in Parisにおいて初演

 

権代敦彦

《Sæwol -海から- ヴィブラフォンと弦楽オーケストラのための》會田瑞樹委嘱/「EXOTIC JAPAN」において初演/Vilnius St. Christopher Chamber Orchestra/Conductor – Modestas Barkauskas/Soloist – Mizuki Aita, vibraphone

 

佐原詩音

《The Snow ヴィブラフォンと弦楽オーケストラのための》會田瑞樹委嘱/「EXOTIC JAPAN」において初演/Vilnius St. Christopher Chamber Orchestra/Conductor – Modestas Barkauskas/Soloist – Mizuki Aita, vibraphone

 

近藤浩平

《湖と舟 〜湖北の光と陰〜》WINDS CAFE 262 in 原宿 打楽器百花繚乱Ⅴ 〜旅するヴィブラフォンへの序曲〜において初演

 

原島拓也

《toi tˈɔɪtɔ́ɪfor percussion solo》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE 262 in 原宿 打楽器百花繚乱Ⅴ 〜旅するヴィブラフォンへの序曲〜において初演

 

J.S.バッハ(白藤淳一編曲)

《プレリュードとフーガ BWV543》會田瑞樹委嘱/WINDS CAFE 262 in 原宿 打楽器百花繚乱Ⅴ 〜旅するヴィブラフォンへの序曲〜において初演

ヴィブラフォン:會田瑞樹、マリンバ:小林孝彦、鈴木孝順

 

會田瑞樹

《Welly》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」東京国立博物館公演において初演/(Gundel:Welly Hendratmoko,Vibraphone:Mizuki Aita)

 

Welly Hendratmoko

《Imbal Wacana》/国際交流基金アジアセンター主催事業「NOTES」東京国立博物館公演において初演(Gamban: Welly Hendratmoko,會田瑞樹 Voice:落合一磨、青柳利枝)

 

ゼミソン・ダリル

《歌枕3:西芳寺》工房・寂 制作 現代音楽シリーズ「庭」 第一回公演:『二つの庭』において初演/薬師寺典子 (ソプラノ)、海上なぎさ(イングリッシュ・ホルン)、會田瑞樹 (パーカッション)

 

F.シューベルト(松平敬/編)

《冬の旅》バリトンヴィブラフォン版/松平敬×會田瑞樹 シュトックハウゼン&シューベルト〜星と冬の旅 において初演

 

K.シュトックハウゼン(松平敬/編)

ティアクライス》松平敬×會田瑞樹 シュトックハウゼン&シューベルト〜星と冬の旅 において初演

 

金子仁美

《分子の香り ー3Dモデルによる音楽Ⅱー》會田瑞樹委嘱/會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル ー旅するヴィブラフォンーにおいて初演

 

中川俊郎

《影法師Ⅱ ヴィブラフォンマリンバ(独りの奏者による)のための》會田瑞樹委嘱/會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル ー旅するヴィブラフォンーにおいて初演